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マメ知識

金と貨幣、その深い関係と歴史

何故貨幣には金が使われるのか?

金は希少価値が高く、美しい光沢を持ち、また容易に加工できるやわらかな素材でありながら、錆や腐食に強い金属であるため、普遍的な価値を求められる貨幣として高い価値があるためです。原始的な貨幣経済が始まるまで、売買の取引は物々交換でした。しかし、物々交換ではお互いの物の価値を量るものさしが曖昧で、損得が難しくなります。そこで登場したのが貨幣という概念でした。この貨幣は、お互いにとって均質で、不変であり、また一定の量がある必要があります。古代では海辺で採られる希少な貝などの原始貨幣や、穀物などの自然貨幣が使用されていましたが、BC700年頃、リディア王国で最古の鋳造貨幣エレクトロン貨が登場しました。そして時代が下り戦争や交易で広く国境を超えるようになると、今度は通貨は国や政治に依存しない価値を持つものが選択されるようになりました。そこで選ばれたのが、富の象徴であり普遍的な価値を持つ金、産出量が多く一定の価値を持つ銀、同じく産出量が多く耐久性があり一般の流通に向いた銅でした。アレクサンドロスによる東方征服以降、本格的な貨幣経済が導入されてからは、高額貨幣としての金、小額貨幣としての銅(青銅)、一般通貨としての銀が流通するようになったのです。

地金型、収集型、通貨型、各国で使われてきた金貨の違いは?

日本では金貨というとまず浮かぶのが、様々な大判小判。江戸時代に特に多く発行された小判は、現在でも古銭として高い価値を持って取引されています。では金貨は、一体いつから使われていたのでしょうか?古く歴史を紐解くと、純度と重量が保証された実用的な金貨が登場したのはBC600年、古代ギリシャのリュディア王国アリュアッテス王の時代で、世界で最初の通貨型金貨だと言われています。中国では前漢時代に馬蹄金と呼ばれる金貨が作られ、臣下への褒賞として与えられたことが書物に残されており、その形は現在でも富のモチーフとしてお菓子や祭りの飾り物などに用いられています。このように金貨は、基本的に流通用の日常的な貨幣ではなく、褒賞や記念として作られてきました。現在金貨は、金の地金価値以上の額面を付与された日本の5万円金貨などの「通貨型」、金地金の市場価格に若干のプレミアムが付与されて発売され、額面は地金より低く設定されているカナダのメイプルリーフなどの「地金型」、金地金の価格及び額面を超える固定価格で発売されるオリンピック記念硬貨などの「収集型」が流通しています。通貨型以外は、金の地金相場や貨幣商の市場価格によって時価取引されるため、金貨の価値は都度変わります。

金本位制の歴史を知る

金本位制は金を通貨価値の基準とする制度で、1816年に英国が1ポンド金貨の鋳造を始めたのが始まりと言われています。日本では1897年に明治政府が金本位制を採用したことで知られています。これは持ち運びが難しく高額になりやすいため、使用されても高額な取引時に少量だった金、を本格的に貨幣経済の中心通貨として流通させるため、補助貨幣として中央銀行が兌換券を発行し、同額の金の兌換を保証するシステムでした。極端な表現をすれば、世界の通貨が「金」一つになるということでもありました。つまり、経済基盤が強く金の準備が充分な国には有利であり、これから発展する国は多くの金を流出してしまうシステムでもあったのです。実際に、金本位制度に参入した明治政府は大量の金貨を流出させ、金銀複本位制を経て日清戦争語に金本位制に復帰しました。やがて1929年からの世界大恐慌を主な要因に、主要各国は金本位制を離脱し、自国の金の保有量と関係なく通貨を発行する、管理通貨制度に移行しました。その後、1988年4月施行の通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律により、日本の本位金貨は正式に終了しました。